後藤研究室

「Commutative Algebraに於ける世界的COE」を目指して

2002年4月20日

私がCOE構想を立ち上げるとすれば,このようなものになりますという「モデル」です。人間,生きて行くには,理想と目的が必要です。たとえ生涯,実現しなくとも。

1 構想の目的

この計画は,明治大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻数学系内に,名実伴った可換環論 (Commutative Algebra) の拠点を樹立し,以て,同分野に於ける世界的教育研究拠点たらしめんと構想するものである。

後に詳述するように,明治大学理工学部数学科には,東京近郊の大学の研究者・大学院学生約15名より成る「明治大学可換環論セミナー」と呼ばれる研究組織があり,可換環論の研究と大学院学生の訓練の場として,数学科創立以来12年に渡り営々努力を重ね,研究・教育両面で多大な成果を挙げるに至っている。この「明治大学可換環論セミナー」は,国内に於ける可換環論の主要な研究教育拠点であり,海外でも知られた存在ではあるが,後藤四郎を中心とする私的組織であり,公的に認知された機関ではない。本計画の目的は,「明治大学可換環論セミナー」を公的にauthorizeせしめ,助成金導入の暁には事業規模を充実拡大し,可換環論に於ける世界のCOEたらしめんとする所にある。

将来構想「I-MAST」にも掲げられているように,明治大学大学院理工学研究科・同大学理工学部は,6年一貫教育を根底に据え,研究を中心とする「研究型大学」を目指して急速な方向転換を行いつつあるが,本計画も根幹にかかわる形でI-MAST構想を支持し,之を補完せんするものである。

2 近代可換環論

計画の詳細に入る前に,可換環論とはどのような学問であるか,説明しておきたい。 可換環論は,数や関数の集合のように,四則のうち除法を除く三法(加法・減法・乗法)が自由に行える集合の構造解析を主目的とした,代数学の一分野である。個々の数や関数の特質と深く関連する問題の解明を目指しつつしかし,個々の数や関数はこれをあたかも単なる点であるかの如く扱い,それらの集まりの全体的構造をまず明らかにすることを目的とする。このような「抽象化」を通して始めて,解決困難であった問題も解けるようになることが認識されたのは,19世紀末のD. Hilbertによる不変式論研究が端緒であり,この革命的発想転換を当時の人は「これは数学ではない,神学である!」と評して畏れたという逸話が残る。

可換論における最初の定理は,20世紀に入ってから,Van der Waerdenの学生であったE. Noetherによって得られている。彼女の後にもW. Krull,F. S. Macaulay,I. S. Cohen達によって,古典的な,洞察に満ちた深い理論が展開されているが,真の跳躍は20世紀の半ば過ぎ,J. P. Serreによって齎された。Serreは可換環論にhomology 代数を導入し,正則局所環の局所化は必ず正則であることを初めて完全に証明し,環の内部構造を外部表現に帰着させる方法を提示した。この革命的方法が可換環論を飛躍的に発展させるに至る。程なくA. Grothendieckによる代数幾何学の抽象化が開始され,可換環論が抽象的な幾何学の一部 (Affine理論)であることが認識される。以来,可換環論は代数幾何学と整数論に共通な一手法という地位に甘んじる時期が暫く続くが,その間にも,P. Samuel, 永田雅宣, D. Rees, M. Auslander, D. BuchsbaumやH. Bassといった巨人達の業績を通して,可換環論の新たな誕生が着々と準備された。20世紀最後の30年間に渡り,M. Hochster, C. Huneke, J. Herzog, W. Bruns達により,代数幾何学とは独自の立場からの発展が齎され,遂に現代可換環論の誕生を見るに至る。この発展には,後藤四郎・渡辺敬一を始めとする日本人研究者グループも,与って力あったことは,付記するに値する事実であるかも知れない。

現代可換環論は大きな体系を成し,研究テーマも多岐に渡る。項目的に列挙すれば

 

  1. 局所環の分類と構造 (Gorenstein環,Cohen-Macaulay環,Buchsbaum環,FLC環等)
  2. 特異点論 (rational singularity 等)
  3. 整閉イデアルと整閉加群の構造
  4. 正標数の環とtight closure
  5. Rees代数と随伴次数環の構造(含Cohen-Macaulay化・特異点解消)
  6. 各種のhomological conjecture
  7. 不変式論
  8. 組みあわせ論
  9. 局所環の表現論

等であろうか。局所環の中で最も「居ずまい正しい」ものを正則局所環と呼ぶ。幾何学的に言えば,正則局所環は非特異点に対応する。正則局所環の環構造のうち,双対性だけを残したものが,Cohen-Macaulay環とGorenstein環であり,Gorenstein環の典型が完全交叉環である。H. Bassによって,Gorenstein環の理論が正準加群を持つCohen-Macaulay環の理論に書き換えられて以降,現代可換環論の中心テーマは,Cohen-Macaulay環の構造解析にあるといっても,然程言い過ぎではない。とは言え,現代可換環論は,テーマ別に挙げても上記のような項目に分かれ,相互に密接な関連を有し,あるテーマの発展が直ちに他のテーマの未解決問題への手掛りを与えるなど,全体として強い有機性を保ちつつ,急速な発展と拡大を示しつつある。可換環論に於ける前進が,そのまま代数幾何学や幾何学的組み合わせ論,数論の発展に影響を与えることも少なくない。WilesによるFermat問題の証明の最後の部分に,可換環論(特にGorenstein環と完全交叉環の理論) がある役割を果たしたことなどは,その一例である。

3 研究室

ここで,後藤自身の可換環論研究とその成果について,述べてみたい。 最近10年間の後藤の研究テーマは,第2節の項目(5) Rees代数と随伴次数環の構造解析にある。Noether環A内のイデアルIに対し環 R(I) = Σn ≧ 0 Intn (tはA上の不定元) をイデアルIのRees代数と呼ぶのであるが,自然な射 Proj R(I) → Spec Aは古くから精密な解析が行われているし,1979年に発表された後藤と下田保博の論文[1]によって,Rees環 R(I)のある種の環構造がイデアルIの随伴次数環G(I)の環構造とそのa-不変量の言葉で記述されることが示されてはいたものの,代数多様体Proj R(I)の斉次座標環であるR(I)の環構造の研究は,当時は未だ満足すべき状態にはなかったからである。そこで既に10年数年前のことであるが,明治大学に赴任したのを機会に,それまで専念していたBuchsbaum局所環(第2節項目(1))の理論構築に一区切りを着け,Rees代数の構造研究に復帰した。明治大学に限らず他大学からも集まってくれた多くの優れた同僚・学生に恵まれ,まずまずの研究を行い得たと思う。

大きな成果の一つは,symbolic Rees代数のNoether性に関し,西田康二〈千葉大学大学院自然科学研究科助教授)・渡辺敬一(日本大学文理学部教授)との共同研究により歴史的な反例を発見するに至ったことであろう([2])。この仕事は標数0の世界の現象を正標数の世界に帰着させて解決した点でも,強く印象に残っている。また随伴次数環G(I)のCohen-Macaulay性を判定する実際的方法の開発では,世界中の同業者達との数年間に渡る激しい競争の中で,遂に他の追随を許さぬ成果を挙げるに至った([3], [4])。この判定法も,少なくともGorenstein性に関しては,改良の余地があり不満がないわけではないが,後藤の学生の一人である居相真一郎(北海道教育大学教育学部専任講師)によって継続され,優れた成果が挙がりつつあることは喜ばしい([5])。なお,Rees代数の環構造研究の内でも,arithmetic Cohen-Macaulay化の存在定理は,やはり後藤の学生の一人である川崎健(東京都立大学大学院理学研究科助手)によって理想的な形に結実した。彼が用いた方法の中で最重要の部分は,後藤と山岸規久道(姫路独協大学教授)との共同研究によって15年位前に既に用意されていたことであり,川崎の仕事を通して,一人の才能によって革命が齎される部分と,その才能の出現を準備するのに不可欠な大衆の存在という両面を目の当たりにすることができたことは,幸いであった。

最近は居相真一郎・早坂太(明治大学大学院理工学研究科)・櫻井秀人(同)とともに,正則局所環内の整閉イデアルとGorenstein局所環内のある種の優良イデアルの構造解析(第2節項目(3))に従事しているところであるが,興味深い理論が霧の中から次第に姿を現して来ることを大変嬉しく思っている([6], [7])。このテーマも今後の発展の方向の一つにしようと考えているからである([8], [9])。

引用文献

[1] S. Goto and Y. Shimoda, On the Rees algebras of Cohen-Macaulay local rings, Lecture Notes in Pure and Applied Mathematics, 68(1982), 201-231, Marcel Dekker1.

[2] S. Goto, K. Nishida, and K. Watanabe, Non-Cohen-Macaulay symbolic blow-ups for space monomial curves and counterexamples to Cowsik’s question, Proc. Amer. Math. Soc., 120(1994), 383-392

[3] S. Goto and S. Huckaba, On graded rings associated to analytic deviation one ideals, Amer. J. Math., 116(1994), 905-919

[4] S. Goto, Y. Nakamura, and K. Nishida, Cohen-Macaulay graded rings associated to ideals, Amer. J. Math., 118(1996), 1197-1213

[5] S. Goto and S. Iai, Embeddings of certain graded rings into their canonical modules, J. Alg.,228(2000), 377-396

[6] S. Goto, S. Haraikawa, and S. Iai, Complete intersection in overrings of a certain one-dimensional Gorenstein graded local ring, J. Alg., 233(2000), 772-790

[7] S. Goto, S. Iai, and K. Watanabe, Good ideals in Gorenstein local rings, Trans. Amer. Math. Soc., 353(2001), 2309-2346

[8] S. Goto and F. Hayasaka, Finite homological dimension and primes associated to integrally closed ideals, Proc. Amer. Math. Soc. (to appear)

[9] S. Goto, F. Hayasaka and S. Iai, The a-invariant and Gorensteinness of graded rings associated to filtrations of ideals in regular local rings}, Proc. Amer. Math. Soc. (to appear)

4 国の内外で研究室が果たして来た役割

本計画の趣旨を理解せしめるには,後藤とその研究室が可換環論研究と同分野に於ける人材育成の両面で果たしてきた営為と役割について,若干の説明を行う必要がある。

後藤の研究室では,明治大学の大学院の学生達も出席しながら,毎週土曜日に,東京近郊の幾つかの大学の研究者達よりなる可換環論のセミナー「明治大学可換環論セミナー」が開催されている。日本全体では約70名の専門研究者がいるが,このセミナーは(今のところは)国内最強であり,国際的にも少しは知られた存在である。

実際,明治大学可換環論セミナーと後藤研究室が,国の内外に於ける可換環論研究に占める地位は小さくない。後藤は,前任校である日本大学文理学部に於ける18年間と明治大学理工学部に於ける12年の計30年間,可換環論の研究に従事してきた。しかしながら,その業績を数学研究の観点のみから評価するのは,一面的な見方である。後藤研究室が可換環論分野の人材育成に果たしてきた役割は(実は,分不相応に)大きいからである。以下,この観点を中心に,可換環論分野で後藤研究室が国際的にも著名であり高く評価されている所以を実証的に述べ,本COE計画の理念と骨子を詳細に説明したいと思う。

4.1 日本大学可換環論セミナー・明治大学可換環論セミナーで育った人々

上述のように,日本大学時代は火曜日と金曜日の週2回,明治大学へ移籍後は土曜日1回,11時から夕方6時頃まで,近隣のみなでなく遠く関西や北海道から参加するメンバーを含めたセミナーが,後藤を中心に行われている。定期的な出席者は

 

  1. 渡辺敬一(日本大学文理学部教授)
  2. 青山陽一(島根大学教育学部教授)
  3. 鈴木直義(静岡県立大学教授)
  4. 山岸規久道(姫路独協大学教授)
  5. 下田保博(北里大学助教授)
  6. 西田康二(千葉大学大学院自然科学研究科助教授)
  7. 蔵野和彦(東京都立大学大学院理学研究科助教授)
  8. 中村幸男(明治大学理工学部助教授)
  9. 鴨井祐二(明治大学商学部専任講師)
  10. 川崎健(東京都立大学大学院理学研究科助手)
  11. 加藤希理子 (大阪女子大学専任講師)
  12. 居相真一郎(北海道教育大学専任講師)
  13. 早坂太(明治大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻博士後期課程1年)
  14. 櫻井秀人(明治大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻博士前期課程2年)

(敬称略)である。岡山大学理学部の吉野雄二教授も,明治大学大学院理工学研究科に於ける集中講義を機会に,セミナーに定期的に参加されている。メンバーの多くは,様々に異なる大学の大学院修士課程から参加し,このセミナーで数学を学び訓練を受け,各大学の大学院博士課程へと進み,課程博士の学位を取得した者達であることは,COE構想への本計画の申請にあたり,特筆大書すべき事柄であるかも知れない。例えば,鈴木・下田・山岸・鴨井の学位論文は,後藤の助言の下に書かれたものである。西田・中村・川崎は,修士課程1年からセミナーに出席し,後藤の指導下に大学院生活を送り,博士の学位を取得している。これらの人々は,公的には千葉大学や東京都立大学・東京理科大学・東海大学の大学院学生であって後藤の学生ではないが,その研究は後藤の指導下に行われた。このような 「inter-university」の教育・研究指導は,(学位論文等謝辞に於ける言及を除けば) 公式記録に残ることはないとは言え,COE事業の理念と理想の根幹をなすものであって,事業の目的である「大学院博士後期課程学生の教育支援」を実践的に先取りするものであると考えられる。

居相慎一郎は明治大学における後藤の最初の学生であり,後藤は主査として居相の学位審査にあたった。付言すれば,早坂・櫻井は居相の後に続く人々である。思えば,研究室も貧弱なうす汚い相部屋であり,研究費にも事欠くことが多かったにも拘わらず,日本大学時代から周囲に若い人々が集まり,明治大学に場を移した後も,熱気と活力に満ちた(そして,研究者としての「生き残り」を賭けた)セミナーが計30年間続き,多くの人々が育っていったことを,後藤は心から誇りに思う。

しかしながらこの営為も,決して後藤一人の力ではなく,多くの人の支援と力添えがあったからこそ可能であったことは,公正に記録すべきであろう。例えば,永田雅宣京都大学教授,松村英之名古屋大学教授,ドイツのM. Herrmann教授 (Koeln 大学) やJ. Herzog教授 (Essen大学) には,大きな援助を頂いた。明治大学可換環論セミナーのメンバーの内で,西田・中村・川崎・鴨井の4人には,大学院後期課程在学中や日本学術振興会特別研究員PDの頃に,M. Herrmann教授とJ. Herzog教授からの資金援助によってドイツに留学し,両教授の指導下に1年間研究生活を送らせることを得たが,彼ら若手の成長にとって1年間のドイツ生活体験が如何にプラスに作用したか,計り知れない。未だ名の知れぬ若手の海外研究者に対し,寛容にも,世に出る機会を惜しみなく与えてくれたM. Herrmann教授亡き今,今後は日本のCOEとしてその営為「海外若手研究者の受け入れと教育」を継承し,ご恩に報いる義務があるのではないかと思わずには居れない。

4.2 海外研究者との交流

 

日本大学・明治大学可換環論セミナーは,研究成果を引っ提げ,長年に渡って海外の多数のConferenceに出席し,講演を行ってきた。(初期の渡航資金は,私費によるか,主催者からの部分的援助に負う。) 次第に可換環論分野で著名となり,欧米研究者との間で密接な交流が実現するに至る。(但し,当方の資金不足のため,長期に渡る招聘滞日は少ない。)

明治大学可換環論セミナーを訪れ,後藤やその周囲の人々と親しく共同研究を行った人々は下記の通りである。この豪華なリストは,後藤研究室と明治大学可換環論セミナーの実力を如実に示すものである。

 

  1. C. Huneke (Kansas大学,USA)
  2. P. Roberts (Utah大学,USA)
  3. L. Avramov (Nebraska大学,USA,1月明大に滞在)
  4. B. Ulrich (Purdue大学,USA)
  5. W. Bruns (Osnabrueck大学,ドイツ)
  6. J. Herzog (Essen大学,ドイツ)
  7. A. Geramita (Genova大学,イタリア)
  8. N. V. Trung (Institute of Mathematics, Hanoi,ベトナム,東京都立大学の配慮と資金で3月滞在)
  9. W. Vogel (Halle大学,ドイツ;逝去)
  10. M. Herrmann (Koeln大学,ドイツ;逝去) \end{enumerate}

これらの人々は,アメリカ・ドイツ・ベトナム・イタリアで高い指導的地位にあり,既に自国のCOEを成す。本計画も,これら各国の拠点との密接な連携交流の下,我が国に於けるCOEとして,可換環論に於ける教育研究の一層の充実と発展を目指さんとするものである。

4.3 外国人若手研究者の長期滞在

M. Herrmann教授の学生であったT. Korb (Koeln 大学) は,日独交流基金(DAAD)によって1995年に1年間後藤研究室に滞在した。同年配のKorbの存在が明治大学の学生達に研究上与えた影響は,計り知れない程大きい。また,韓国からは1999年にM.-K. Kim (Sungkyunkwan 大学) が2回に分けて訪れ,計4月滞在し,論文3編を書いて帰国した (彼女の滞在資金は,後藤からの援助に負う。)。

同様の依頼と申請がバングラデイシュとイランから数件あった。既に多くの学生を抱えて後藤が余りにも多忙であったことも大きな理由ではあったが,主に資金不足が原因で辞退した。開発途上国からの資金では,貨幣価値の格差が大き過ぎ,滞日には到底十分でない。本計画の基本目標の一つである「開発途上国からの研究留学生や若手研究者の受け入れ」など,当方に資金があれば可能なことは多い。明治大学は開発途上国からの未だ著名でない若手研究者の滞日資金の補充には,あまり関心がないようである。

4.4 国際会議の主催

海外研究者との交流経験と豊富な人脈を生かし,21世紀に於ける発展を期して,2001年に横浜で(明治大学自然科学研究所の「重点研究費」と後藤の科研費を資金に)国際会議「Conference in Commutative Algebra in Japan, 2001」を開催した。2001年8月20日から24日まで,総参加者60余名,公演数35 (C. Hunekeによる3時間の連続講義を含む。) である。

特筆すべきは,C. HunekeとN.V. Trung がその学生計10名余を率いて参加し,(明治大学とは限らない)日本人大学院学生達10名余と親しく研究成果の交流を行ったことであろう。居相真一郎をはじめ,早坂太・櫻井秀人に与えた研究上の刺激としては,これ以上望むべくもないものであり,特に早坂は,その修士論文の成果を30分にわたる講演という形で発表し,国際社会における研究者デビューを果たすことに成功した。このような国際会議を継続的に開催することは,本計画に於ける中心的営為の一つである。

4.5 国内シンポジウムの開催

日本国内には,渡辺敬一と後藤四郎が立ち上げ,管理・運営し続けている「可換環論シンポジウム」がある。今年で25回目を迎えるが,3泊4日年1回秋に泊まり込みで開催され,実行幹事は交替するが,毎年非常に充実した研究成果の発表が行われている。

このシンポジウムは,原則として講演を公開募集する。運営資金は主に科研費(様々な方からの補助による。)であるが,通常このような「完全公募」という方法で運営すると,講演のレベルが著しく低下するものである。後藤が目を光らせているためもあるかも知れないが,可換環論シンポジウムの場合には非常に優れた内容の講演が大半を占め,講演の申し込み数も多く,(夜間も講演を行わざるを得ないなど)プログラムを組むのに苦労するほどの充実ぶりである。特筆すべきは,この可換環論シンポジウムが若手研究者の育成に果たした役割が非常に大きいことである。博士前期(修士)課程の学生,時には学部の学生も出席を許され,最先端の研究成果に触れることができるだけではなく,異なる大学の大学院学生間で相互交流の端緒が得られることには,教育上抜群の効果があった。また,志あるものは修士論文成果を発表することが許され(殆どすべてが後に然るべき学術専門誌に掲載され,学位論文の準備となっている。),この営為が研究者への道の第一歩となったことには,疑問の余地がない。主催者に断固とした決意と構想がある限り「講演公募」という可換環論シンポジウムの運営法にも,非常に大きな長所があると判断される。

後藤が幹事を勤めた過去何回かの可換環論シンポジウムでは(時には「私費」を投じても)海外の若手研究者を招き,講演を依頼している。N.V.Trungはそのようにして始めて来日した外国人研究者であったし,最近でも,D. CutkoskyとE. Hyryの例がある。海外から優れた研究者を招き,親しく研究成果の交流を行うことは,若手研究者を育てるための必須の営為である。今や,資金さえあれば,このような機会を増やすことは,極めて容易であり,基本政策の一つとして本COE構想に取り入れたいと考える。

研究室の将来構想

本計画の目的は,明治大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻数学系内に,名実伴った可換環論の拠点を樹立し,同分野に於ける世界的教育研究拠点COEたらしめんとすることにある。詳述したように,明治大学理工学部数学科には既に30年に渡る実績を有する「明治大学可換環論セミナー」があり,可換環論の研究と大学院学生の訓練の場として,研究・教育両面で実績を挙げるに至っている。国内には「明治大学可換環論セミナー」を上部構造とする満年齢25歳の「可換環論シンポジウム」があり,若手研究者の育成に大きな役割を果たして来た。本計画の具体的目標は,資金投入の下,明治大学可換環論セミナーと可換環論シンポジウムの営為と機能を拡大強化せしめて,国内外の可換環論研究と人材育成に貢献し,以て,国内大学大学院博士後期課程学生の教育研究支援体制の強化充実を実現することにある。

核となる後藤研究室の整備と充実が不可欠である。謂うまでもなく,大学院博士後期課程の充実は前期課程の充実の上に始めて成立し,前期課程の充実は学部教育の充実あってこそ成立するものである。本COE事業の主旨から外れるので,学部教育充実の議論は行わないが,大学院博士前期課程教育の充実は本計画の成否と密接に関連することであり,視野に入れる必要があると判断される。

以上を勘案しつつ,後藤研究室と明治大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻数学系博士前・後課程教育の整備計画概要を述べれば,下記の通りとなる。

項目 計画内容
(a) 研究態勢の強化充実 明治大学理工学部数学科に可換環論分野の若手教授(30歳代)を迎え、,博士後期課程を担当せしめる。
(b) 講義科目内容の充実 明治大学可換環論セミナーのメンバーに明治大学大学院講義科目を担当せしめ,研究成果の最先端を伝えると共に,積極的に普及と継続を計る
(c) 他大学との連携強化 単位互換制度を積極的に活用し,異なる大学間の教育研究上の協力と連携を強化する。
(d) 海外留学生受入促進 後期課程を視野に入れた大学院進学者を明治大学のみではなく他大学や海外からも積極的に受け入れ,常時数人の学生が後期課程に在籍し,協力しつつも,切磋琢磨しながら可換環論の研究に従事する態勢を実現する。
(e) 学生定員数増加 可換環論分野だけで,大学院博士前期課程学生12 (=2×6)名,後期課程学生6 (=3×2)名,計18名の態勢を実現する。

現在の後藤研究室の専従スタッフは次の2人

(1) 後藤四郎(明治大学理工学部教授)

(2) 中村幸男(明治大学理工学部助教授)

である。商学部から

(3) 鴨井祐二(明治大学商学部専任講師)

の参加が期待可能である。他に,代数幾何学と整数論を専門とする

(4) 対馬龍司 (明治大学理工学部助教授)

の協力も見込まれる。可及的速やかに,明治大学理工学部数学科に可換環論分野の若手教授(30歳代)を迎えて博士後期課程を担当せしめ,指導スタッフ5人の態勢を実現する。更に,大学院講義科目(前期課程)の内容充実のために,明治大学可換環論セミナーのメンバーには明治大学大学院講義科目を担当せしめ,各自の研究の最先端を伝えると共に,積極的にその普及と継続を計る (一部,既に実施中。)。これらの科目は,必要に応じて随時,後期課程学生も受講させる。明治大学大学院基礎理工学専攻数学系は,東京近郊の8大学大学院と単位互換の契約を結んでいるので,この制度を活用して大学間の教育研究両面での連携を一層強化し,境界領域・関連分野の学習を含め,大学院博士前・後課程学生の大学と分野の枠組みを越えた柔軟かつ重層的研究支援体制を実現する。 明治大学可換環論セミナーは,自校学生の教育研究のみを課題とする組織ではない。国の内外に拘らず,学籍の如何を問わず,志と意欲あるものはすべてこれを受け入れ,惜しみなく勉学と研究の機会を提供して来た。この方針は,今後も決して揺らぐことなく,維持継承されるであろう。 研究者養成型助手制度の整備など,明治大学大学院理工学研究科に於ける後期課程学生の受け入れ態勢と研究者養成への準備も,漸く整いつつある。後期課程を視野に入れた大学院進学者を,明治大学のみではなく,他大学や海外からも受け入れ,常時数人の学生が後期課程に在籍し,切磋琢磨しつつ可換環論の研究に従事する態勢を実現し,以て,博士前期課程学生12名,後期課程学生6名,計18名態勢の実現を目指す。学生定員数は,明治大学理工学研究科と明治大学理工学部の将来計画I-MAST構想に従う。

明治大学の後藤研究室には,これまでに,11名の博士前期課程学生と,坂本聡・吉田淳・居相真一郎の3人の大学院博士後期課程の学生が在籍し,坂本・吉田は事情により中途退学し企業等へ就職したが,居相真一郎は2年間明治大学理工学部研究者養成型助手に採用され,堂々たる博士論文(その一部は,Trans. A.M.S.,J. Alg.,Proc. Edinburgh Math. Soc.に掲載された。)を書いて課程博士の学位を取得し,1年間の研究者養成型助手(PD)生活の後,公募によって北海道教育大学に専任講師として採用され,現在も活発な研究活動を展開しつつある。この間,大学院学生時代に,居相はイギリス(Exeter大学,1998年8月)とインド(Homi Bhabha Center for Science Education, Mumbai,2000年12月)で開催された2回の可換環論の国際会議に出席して講演を行い,研究成果を発表している。現在は,早坂太が後期課程1年に在籍し,櫻井秀人が前期課程2年にあって,居相の後に続かんとしているし,学部4年にも研究者を目指して進学を決意した学生1名がいる。確かに,適性を有する者の割合は大きくないとはいえ,明治大学理工学部学生達の数学的potentialはさほど低くはないのであって,適切な指導と教育環境さえ整えば,研究者として世界に雄飛することも決して不可能事ではないのである。

6 明治大学可換環論セミナーと可換環論シンポジウムに基礎を置いた大学院博士後期課程学生の教育研究支援計画 (COE構想)

後藤の経験と国の内外の人脈を生かしながら,研究室の研究水準の向上を図り,後期課程学生の教育研究支援を強化充実し,更に,後藤自身の研究を活性化せしめるには,下記のような事業が極めて有効であり,絶対に必要である。中でも,諸国の一流研究者を招き,丁寧な講義による研究導入を目的とするWorkshopを開催し,最先端への道を若手研究者に提示することは,学問分野の興隆と研究の発展には不可欠の営みであり,海外COEでは屡々行われる営為である。資金を得て国内でも定期的にこれを開催することは,大学院後期課程学生の研究支援対策として抜群の効果が期待される。これらの業務を実行するためには,教育研究支援職員の雇用が必要である。教育研究支援計画を纏めて表にすれば,下記のようになる。

項目 実績
(a) 国際会議 「Conference in Commutative Algebra in Japan」 の継続開催
(b) 国際会議 「Conference in Commutative Algebra in Japan」 のMain Speakers は会議前後1月位の期間明治大学に滞在せしめ,共同研究を行う。
(c) Workshop開催 (3週間)
(d) 国際Workshopへの院生派遣 (3週間滞在)
(e) 海外若手研究者の招聘と共同研究 (3月~1年)
(f) 海外若手研究者の招聘と共同研究 (3月~1年)
(g) 教育研究支援職員雇用,院生のTA・RA採用 (研究費援助)
(h) 院生の海外滞在 (3月~1年)
(i) 国内会議「可換環論シンポジウム」の継続開催
(j) 国内会議・学会等への院生派遣
(k) 機器・備品・書籍購入

本計画では,資金は「物品」を買うためではなく,「時間」と「機会」を買うために使用することが本意である。例えば,数学の研究,とくに若手の育成には,一流の海外研究者と接触せしめ,3月から1年間位の期間,海外に送り出す方途が必要である。資金があれば直ちに実行できるが,資金が無いから,できない。その意味では「金が欲しい」というのは,偽り無き真実である。

これらの計画の実現に要する諸経費を,指導学生数の増加を前提に計算すると,概算年2,500万円位であり,その内訳は下記のようになる。

項目 必要経費 人数 計(単位万円)
(a)(d) 国際会議・Workshop開催 500 500
(b) Main Speaker招聘 50 2 100
(c) 国際会議派遣 40 4 160
(e) 国際workshop派遣 50 6 300
(f) 若手研究者招聘 100~300 2(3月~1年) 200~600
(g) 教育研究支援職員の雇用とTA・RA採用 100 3 300
(h) 海外長期派遣 100~300 1(3月~1年) 100~300
(i) 国内会議開催 200 200
(j) 国内会議派遣 10 18 180
(k) 機器・備品 100 100
2140~2740

資金援助の後には,「明治大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻数学系内に,可換環論 (Commutative Algebra) の拠点を樹立し,同分野に於ける世界的教育研究拠点たらしめる」という本計画目的は,速やかに達成可能であると確信する所である。

(記2002年4月20日)