学問の奨め
1.大学とは,箱物(建物)のことではない
大学とは,先生・学生・職員の3者がつくる「共同体」のことであって,「勉学」と「学問」の場です。運営資金は「国家からの助成金+建物の使用料(学費)」によります。学生のためだけの組織ではありませんが,先生のためだけの組織でもありません。
2.この3者の役割は違う
しかし,先生・学生・職員,3者の役割と職責,大学への期待はそれぞれ異なります。
- 先生:学問の発展への寄与,学生の勉学支援(「教える」ことを含む),大学の管理運営,地域社会への貢献など。
- 職員:実り豊かな研究・教育が可能となるよう,側面からの支援,大学の管理運営など。
- 学生:???
実は,これがよくわからなくなって,困っています!
新入生挨拶の例
- 「数学はあまり得意ではありません。」
- 「他の学科には入る気がしなかったので,消去法で・・・。」
- 「友達を作りたいので,気軽に声をかけてください。」
- 「サークルは,・・・に入ろうと思っています。一緒にやりたい人はいませんか。」
これから大学で学問をし,深く数学を学ぶという気迫が,ほとんど感じられないのです。高等学校までと同じ,単なる「学校」の気分というか。「共同体に加わる」という意識と自覚は,無い。
大学の数学科では「数学」しか教えません。高等学校までと違って大学では,人格の陶冶というか,人間的な成長は学生個人の責任であり,数学科は基本的に関知しません。大学において人格の陶冶は,専門的な学問の習得と指導を通して行われます。もちろん,大学も数学科も,学生達が快適かつ楽しく学生生活をすごせるように支援し,様々に心を配りますが,それは「安心して勉学を継続できるようにする」ためです。その意味で,「楽しい学園生活」は「実り豊かな教育」の手段であって,目的ではないと私は考えています。
学年が進んでも一向に数学が面白くならず,理解もできず,ただ「楽しい学園生活」だけで4年間を送るのは,実に虚しいことです。人生と学費の浪費です。そして,そういう人は,決して少なくないのです。
3.学生生活の目的
大学における学生生活の目的は
- 現代文明を支える科学技術とこれを可能にする学問を学び,
- 将来のキャリアの布石をし,激動する世界状況と急速に変化している現代日本社会の中で,多くの困難が予想される卒業後の人生に備え,
- 将来の日本を背負って立つ人間の一人になる
ことにあります。この目的を見失わない限り,友達を作ることやサークル活動は,人間的な成長にとって,大切な役割を果たす可能性が大きいと,私は高く評価しています。しかしながら,上に述べた目的達成には,高等学校までとは技術的にも理念的にもかなり異なる,日常的な努力と節制(校歌に謳われている「刻苦奮励他念無き」努力)が必要となるのです。「あと4年遊べる」とまでは言いませんが,「4年間楽しい学園生活を送ろう」という程度の入学動機では十分ではなく,なかなか実現されないだろうと,私は考えています。(技術的なことは,どうか先輩達にお聞きください。)
残念ながら数学科では,2005年度の実績ですが,単位不足で3年生から4年生になれなかった(従って,1年必ず留年する)学生が20人,4年生で卒業できなかった学生が15人出現しました。落第の原因は様々ですが,「誠実な,あとわずかな努力」が欠けている場合や,修学意欲というか「単位をとるための努力」が,欠けている場合が多いと私は判断しています。
大学は,学生にとっては「勉学」の,先生にとっては「学問」の場です。先生達の業務の中心は,「学問の発展に参加し,寄与する」ことにあります。ある意味で,「学生達よりもっともっと厳しい姿勢で勉強する」ことが,職責として求められているのです。先生達は熱心に学生達を教え,惜しみなく勉学の手助けをしますが,勉強は「学生本人にしかできない」ことであることを,決して忘れてはいけません。
4.学問の奨め – 入学時に,人生が一回resetされる –
さて,大学入学後に間違いなく,人生が一回resetされます。出身高等学校の偏差値がどうのとか,高等学校までの自分の学業成績がどうのといったことは,まず関係ありません。一度ご破算になって,新しい出発がなされます。私が1年生で教えた学生の中に,非常に優秀な学生がいましたが,ゼミの学生として4年生で再会したときには,端にも棒にも引っかからない状態に陥っていました。1年生の時に,授業で何を聞いても苦も無くすぐわかるものだから,学業を甘く見てしまい,3年間サークルしか,しなかったらしいのです。反対に,最底辺校から苦労して進学してきて,まさに刻苦奮励努力の末,2年後には頭角を現し,大成した学生も知っています。皆さん,resetというこの機会を逃すのは,本当に愚かなことですぞ。入学後の半年間は,とくに大切です。この期間を充実させることができるかどうかに,4年乃至9年間,ひょっとしたら,これに続く長い人生が懸かっていると思っても,さほど間違いではありません。
余談ですが,日本は大学生の学費を「学生本人ではなく,ご家庭が負担する」という,世界でも稀な先進国です。こんなことは,欧米ではまずあり得ません。(国家が負担するか,学生本人が負担するのが,通常です。アメリカでは,学生達は頑張って奨学金を獲得するか,銀行ローンを組みます。)ひょっとしたらこのことが,我国大学生の入学後の勉学姿勢に緊張感と切実さが欠ける,大きな原因の一つになっているのではないでしょうか。大学では,「さしたる理由も無く,授業をサボる」,「授業中に私語をし,周囲の学生にも授業をする先生にも多大な迷惑をかけ,いくら制止してもやめない」といった手合いが,男女を問わず,今や少なくありません。実は,1コマ90分の授業に,平均数千円のコストがかかっているのです。1回,数千円についているのですぞ。その負担は,遊んでいる学生本人ではなく,すべて親御さんが背負うというのは,貧乏な親の一人として,本当にけしからん話であると,私は思います。学生達には,真剣にこのことを考えてみることを奨めます。
さあて,随分お説教もしましたが,数学を学び,4年間を実り豊かなものにし,自らの人生を切り開くため,厳しい視線で自分を見つめ直し,生活設計をすることを心から奨めます。とにかく,最初の半年が肝要です。どうすればよいかという具体的な内容なら,私達はいくらでも助言しますし,先輩達も喜んで相談に応じてくれます。研究室に押しかけて来てかまいません。研究室のoffice hourはそのためです。「学習支援センター」には,数学系のTA(先輩達)が常時待機しています。どんどん利用してださい。
では,幸運を祈ります。入学おめでとう。
(2006年4月7日新入生ガイダンス)